第二話後編:切開(節介)

 

 

 

 理事長室から駆け足で外に出た霊児は、グランドと上空を覆う魔法陣を前にして立ち尽くしていた巻士を視界に入れる。人外の五感よりも上を行く彼はすぐさま視線に気付き、巻士も霊児を見る。

 

「まさか――――この気配は………パルさんがいるのか!? それに本気か? 黄雅里は? この学校を平地にする気なのか? これは質の悪い冗談か?」

 

「冗談ッ!? あのヒト(魔女)はいつもマジだ!! それよりここじゃ不味いから! とりあえず日を改めた上で、あと念を入れて場所も変えようぜ!? ここに大穴が出来るから!?」

 

 しかし――――巻士は両肩の筋肉が隆起させ、近付く霊児に警戒を解いていない。

 

「………その言葉を信じろと? 【烈悪なる正義】とも呼ばれる黄雅里が仕掛ける魔術式。トラップや暗殺なら【(ナイン・)凪沢(ナイブス)】すら控えているだろう? それに………それに、だ。あの【王】がお前の背後にいる………お前の言葉を鵜呑みに出来ない………ここまで有利なのに、何故俺を叩かず見逃す?」

 

(敵対者)と、理事長(殲滅獄悪)先生(魔女)のどっちの言葉を信じる!? って、こんな事言う時点で、自分を卑下しているような感じが付き纏うんだけどさぁ!? それに九凪沢先生は()違う(・・)から!? あとあのパルさんが横槍入れると思うのか!?」

 

 何の気負いも無く――――敵として敵対宣言をした巻士へ――――近付き――――昔馴染みの気さくな友のように肘をピシャンと叩いて、

 

「とっとと、ここから離れるぞ? お前だって好き好んで裏切った訳じゃないだろ? あと、《あの人》は口出ししないみたいだぞ? ガキの喧嘩に突っ込まないってさ」

 

「ガキって………俺はもう成人だぞ………? 一児の父だぞ?」

 

 巨躯が一気に小さくなるほどの落ち込みようだった。

 

「オレだって………オレだって今年で二十歳だ………………」

 

 お互い何故かゲンナリ。

 

「………まぁ、あの人から見れば確かに子供だな………それに、パルさんの相手だけは二度とごめんだ………粋がっていた十代の頃、痛い目合った………」

 

「オレだって嫌だし、同じだぜ………」

 

 巻士の横を通り過ぎ――――呆然と自分の異界から取り出した電車を収納しつつも、魔法陣に眼を向けていた磯部。新たな符札取り出して、巻士の背後を狙おうとしていた行動を止め、唖然と殺戮魔術式を見上げる美殊。げんなりと、溜息と共に紫煙を吐くマジョ子。

その三名へ指示を飛ばし終え………魔王形態のままグランドに埋まっている誠を見て驚いている霊児の後姿を、巻士は数秒だけ呆気に囚われてしまう。

 巻士令雄が知る巳堂霊児は、一五の頃――――見るに堪えない凄惨で凄愴な形相に、血に飢えた吸血鬼よりもなお飢えた修羅の双眸。

そして、まだ十歳にも満たない時に両親、祖父母、弟妹の惨殺現場を見せ付けられ、白髪(・・)となり、その髪は不死者どもの返り血(・・・)()真っ赤(・・・)()染めて(・・・)いた(・・・)………不死者の血で真っ赤に。

 その復讐鬼の戦い方を、巻士はこの眼で何度も見てきた………化け物を狩ることが宿命の巻士ですら何度も戦慄し、怖れた………あの五年前の人物と、同一人物と思えなかった。

たが、そんな回想など今は無意味だ………頭を振って霊児の後を追い、地中に埋め込んでしまった誠の頭を掴んで、大根を引っこ抜くように持ち上げてしまう。

 誠は激痛で失神の真っ最中だっため、巻士は肩に担ぐ。

 先ほどまで敵対者宣言をしていた巻士に、警戒を解いていないマジョ子たちを振り向いて、「ここは危険だ。キミ達も早く校門から出るんだ」と、敵にはあまりにも相応しくない台詞にこめかみ辺りに血管を浮かべて、美殊は獰猛に歯軋りをする。

 

「随分と偉そうに言ってくれますね………?」

 

 再び帝釈天を召喚しようとする美殊の腕をマジョ子は掴み、小柄な身体で信じられない力で止めてしまう。

 

「偉そうなのは私も同感だが………コイツの言う通りだ。場所を変えてドンパチするんだから、力を温存しろ」

 

 マジョ子にしては覇気の無い声音で、美殊の手を引いてさっさと校門へ向かう――――その先には巻士が引き連れた敵方だが、その連中も高性能、高破壊にしては、精密緻密を一切排除した爆裂術式の立体魔法陣に唾を飲み込んで傍観するのみだった。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

「………理事長先生がこの魔法陣を? 理事長先生は正気なんですか? 巳堂さん? もしかして、精神が病んでいるんですか?」

 

 横に並ぶ磯辺に哀しげに首を横に振るオカ研部部長。その部長の心の声を代弁するのは副部長の役目でもある。

 

「………病んでいるというより、先天性だ………一応、言っておくが………《連盟》に属している魔術師は皆、あんな危ないヤツじゃないぞ? 私も連盟で“戦闘魔女”なんて言われているし、そんな事もしている………“誇れる”ことも少ない………でも………“あんなんじゃない”から………」

 

 本当に――――本気で恥じている………《連盟》に同じく席を置く《魔術師》として………オオマジで恥じていた………視線を外しているそんなマジョ子の顔を見て、磯部綾子………不覚にもこの副部長先輩はとっても可愛いい(キュート)

 

「マジョ子はいい魔女だよ? 頑張っているよ? あの理事長先生が極悪過ぎるだけだ。破壊魔女なのに自分は正義って信じている時点で悪党だ!」

 

 霊児も霊児で本気で憤慨していた。そして、自分の相棒があんなヤツと一緒にされたくない気持ちがダイレクトに現われていた。

 

「お心遣い………ありがとうございます………」

 

三角帽子を深く被る仕草――――耳朶が赤い………本当に可愛いな。あんなに狂暴な口調なのに――――そんな感想と観察をしながら磯辺を最後に校門に全員が出た時だ。

 校門前に立体映像がいきなり浮かび上がる。映し出されたのは件の元凶たる理事長先生、黄雅里屡南のバストアップ映像。

 校舎にいる生徒、教師全てを殺戮する魔術を編んで形成している本人は、いたって平静――――そして、あの大らかと――――磯辺が表現してしまった微笑みを浮かべていた。

 今更だが、この笑みは詐欺だと磯部綾子は叫びたかった。訴えたかった。

 この切羽詰った場でなければ、抗議したかった。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

「【失礼だぞ? 巳堂君? 私は生徒と教師を守るために、最善の手を打っただけだが?】」

 

「………白々しい台詞………そして、“本気”でこれが“最善”と思っているんですか………控え目に言って最低過ぎです。アンタ、一回精神病院行け。如月病院ならオレが予約を入れて置きます」

 

「………敵として乗り込んだ俺が言うのもどうかと思うが………黄雅里? 何か仕事上のストレスを抱え込んでいないか?………何か、嫌なことでも?」

 

 巳堂霊児の控え目じゃない辛辣な指摘を理事長であろうと容赦無し。

絶対敵が言うとおかしな台詞を並べ、心配そうに見る巻士令雄。

 

「【アッハハハハ! 巳堂君? 君の冗句はやはり面白いよ。あのおっかない先輩に逢わないように最善を尽くしているんだよ? 私は? ワザワザ私が逢いにいく訳が無いじゃないか? そして気遣いは無用だよ、巻士令雄よ】」

 

 そのおっかない先輩に、一回お灸を据えられろと言っている霊児なのだが、聞こえなかったようだ。

 巻士は巻士でこの女が教師をしている時点で、日本の教育機関は根深く病んでいるようだと、頭の片隅で逡巡してしまう。

 

「【だが………巻士令雄よ? 君の“お友達”はまだ校舎にいるが………早く出て行くよう言ってくれないか? あと一分五八秒で爆発するが………?】」

 

 笑う黄雅里屡南――――でも、ポーカーフェイスが剥がれ落ちる寸前の立体映像を見ていた全員が、唖然となったのは言うまでも無い。

 

「今すぐ黒須に連絡を入れる」

 

 巻士は急いで携帯電話を取り出し、リダイヤル。

 敵である巳堂霊児らも、巻士の行動に何故か尊敬の眼差しを向けるが――――巻士は逞しい肩が………がっくりと落ちた。

 

「話中だ………」

 

「【あはは………どうしたらいいだろう?】」

 

 本気でこの魔術師は最低だった。

 

 

 

 黄翔高校一階校舎。爆破まであと、一分五十六秒。

 

 

 

「………屋上にカメラをセットしたが、そちらでちゃんと【部室】が見えるか?」

 

 携帯電話を片手に屋上の下から――――オカルト研究部を見下ろしながら言う李麗・黒須。

 

『ええ――――良好よ。あとはあなたの勝手にして』

 

「解った。そろそろ退散する――――【烈悪なる正義】は噂以上に、後先考えていない………」

 

『そうね――――でも、“後”も“先”も“見抜いている輩”が、あなたを黙っていないでしょうね? 大神の裏切り者さん?』

 

「………話が終わったなら切る………」

 

 携帯電話越しに傲慢な嘲笑が響く。

 

『気に障ったなら謝るわ。これからも仲良くしましょうね? 黒須さん?』と、皮肉を振り払うために、電話を切る。そのまま電源も。

 

「………くぅッ!」

 

 己が恥辱たる核を抉るあの傲慢なる少女の嘲弄が、電話を切った後も聴こえてくるようだった………自身にあるのは裏切り――――それも、大神の血族でありながら………魔王の手先――――死んでいるはずの魔王に未だ尻尾を振る………牙を抜かれた狼………。

 

「………“辛そうだな”? 助けが欲しいならオレに言えよ? あれだぜ? 相談に乗るぜ?」

 

 逡巡を断ち切る声音――――振り向いた先には階段に続くドアに背を預ける真紅の外套を肩に引っ掛けた男。

 

「“自業自得”です………オオカミが魔王に尻尾を振るなど………」

 

 喪服を纏いし女性は――――哀れみの黒瞳。

だが、その女の姿を見て、李麗・黒須は眼を見開く。

本能が、魂が、血潮が熱く滾る!

己の本性が表に出る開放感!

理性よりも貴く、本能よりも優先せねばならない獲物………!!

 

「………はっはは………アッハハハハッ!! 【悪神】………ようやく逢えた………ようやくその屍人と生者の腐れた生命をこの手で消せる………ようやく私は“解放”されるッ!!」

 

 巻士、春日井、黒須の三家には生まれながらに宿命と本能がある。

巻士は血を啜る、繁殖し過ぎた吸血鬼を。

春日井は人肉を悦楽の道具とする獣人を。

そして、黒須は屍人――――そして、その屍人と生者の間に生まれるはずの無い命を狩る………それが使命であり宿命………そして三大欲求を凌駕する、魂の飢えである。

 李麗・黒須にとってこの女の首を取ることは、魔王の鎖から解き放たれ、黒須として証明出来る獲物である。だから――――屠り、葬るのだ――――愛しくて、恋しくて、殺したいほど逢いたかった獲物へ――――黒須の言霊を手向けとして。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

「我が名は()(れい)黒須(くろす)! これより我が衝動に従い、黒きサガたる貴殿の命を(ヤスリ)にかける! 毒滴る我が爪牙は屍人(しびと)生者(しょうじゃ)三度(みたび)殺す! その魂、その肉体が名残惜しいなら、命乞いの代わり名を名乗れ! 墓標に刻んでやろう! 貴殿を葬ってやろう! それが手向けの花と知れ!」

 

 空気が黒須の周りで乱気流となる――――獲物を見つけた狼の如く、その口元は三日月を描く。

 狼を前にすれば、誰でも(こうべ)を垂れて怖れ慄く――――キツネ狩りが黒須の別称――――曖昧な屍人の混血児にとって、絶対的な暴力の名前である。

 だが、その【キツネ】として狩られるはずの天叢美は恐れ戦くどころか眼を細め、狼の前でタンカを切る。

 

「ご丁寧に【言霊】での宣戦布告………ありがとうございます。しかし、黒須の誇りを汚している輩に名乗る言霊など持ち合わせておりません。名も名乗りません、名字も名乗りません、命乞いも墓標も要りません………私はまだ、やることがある………! やりたいことが山ほどある!!」

 

 覇気も精気も無いはずの黒瞳が輝きを放つ。

深き黒真珠の輝き――――その光の中には、金剛の如き固い意思を露にする瞳。荘厳に怯みも恐れも無く、踊りかかろうとする狼の前に立つ。

 

「魔王如きに屈するあなたにやる【命】など、私に持ち合わせが無い! 今すぐ掛かって来い! ぶっちゃ(・・・・)()、返り討ちにしてやるぞ! ヒヨっこ!!」

 

「………良い度胸だ、汚らわしい生まれに勿体無いほどにな!?」

 

 踊りかかる寸前の黒須を前にして、天叢美は静かに横にいるパルへ肘で小突いた。えっ? 何? と、パルは怪訝と天叢美を見ると、

 

「さぁ、王よ。あなたの出番です!」

 

「………そこまでカッコ付けておいて、オレに振るのかよぉ? あれだぜ? 普通しねぇぜ?」と、小さく貯め息を吐きながらも天叢美の前に立つパルに、黒須は怪訝と――――不可思議な物体を見るような眼差しだった。

 だが、警告はする。

 自身はキツネを捕食したいのだ………場違いな獲物は邪魔でしか無いのだから。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

「………邪魔だ、【一般人(マルクト)】………死にたいのか? それともその外道の盾にされているのか? 見逃してやるから、そこを退きなさい」

 

「まぁ〜………その盾を買って出ているもんでな? 引くに引けないぜ?」

 

 首を振ってゲンナリと――――――――本当にただの一般人と解るほどの無防備さ――――どこからどう見ても脅威足らない人物は面倒そうな顔だった。だが、それがパルであると天叢美は解っていた。だから安心して、狼を前にしてタンカを切ったのだ。

 屍人すら噛み砕く牙、生者すら狩り殺す爪を持つ黒須を前にしても、パルはまったくの緊張はしていない。むしろ、この爆裂術式にすら気を配っていた。

 当然だ。

 何故、【強者】がそこらの猫や犬のように毛を逆立てて【威嚇】する必要があるのか?

 他者にすら手を差し出す傲慢で残虐な【優しさ】と、【保護力】を持つから真の【強者】なのだから。

 

「屡南ぁ〜? あと、何分だぁ?」

 

 言われて黄雅里屡南のバストアップ映像が浮かび上がる――――表情はかなり切羽詰っていた。これが“素”の黄雅里なら、もう少し気を張って話す必要は無かったな………と、映像を見ながら天叢美は心中で呟いた。

 

「【一分だ!! さっさと、その中国女を蹴散らすでも弾き出すでもしろッ!!】」

 

「一分だってさ? さっさと終わらせようぜ?」

 

 パルの手招きが相当頭にきている様子の黒須に、天叢美は溜息を吐く気力も無いほど脱力してしまう。

 

 あの顔はきっと牙も爪も無い――――己に比べて戦闘能力という物が無い者が、手招きするなど――――狼への愚弄だ。

 

 そんな安いプライドでパルを見ているのだろう………顔面の筋肉からしてそんな考えを頭の中でグルグル回って煮詰まって、怒り心頭中であろう。

たしかに――――草原を駆る“大神”と、その“血族”には狩る対象は決まっている。

鋭い角を持つ【鹿】を吸血鬼として。荒れ狂う【猪】を獣人として。【鹿】と【猪】と違い、決定的な弱点の無い【狐】を【屍人】とする………そして、共に野山と草原を駆る者の遠吼えで駆けつけ、同志と手を取り合い、強大で、巨大な【羆】も狩猟するのが狼であり、その血族である。

捕食する対象は決まっている。それ以外に容易く牙を剥かない………だからこそ狼は誇り高い。

すでに羆に尻尾を振っている黒須は、狼の枠に入っていない。狼の“使命”ではなく羆の恐怖で従う者に、狩られるために、天叢美は姿を現したわけではない。

 

「私を誰だと思っている………? 吸血鬼殺しの“巻士”、獣人狩りの“春日井“と並ぶ、屍人の死神たる”黒須“と知っての愚弄か? それとも蛮勇か?」

 

 今だ黒須はパルを金髪ポニーテールのペンギンとでも思っているのだろうか………それとも正真正銘に、大神としての本能が消えてしまったのか? 羆に飼われてしまって? 【霊視】すらしないのか?

 

「別に? オレはオレのために、【ツレ】の盾になるだけだぜ? そんなことは関係ないぜ」

 

 パルの邪気の無い笑みが逆に、黒須の精神を逆撫ですることが天叢美には手に取るように解った。そして、だいたい“この手”の輩が吐く次の台詞も。

 

「………もう、良い………貴様は“無名墓地”に行け」

 

 呟いた瞬間――――黒須は動いた。

 天叢美の肉眼には消えたようにしか見えなかった。

 

「オオおおおおぉぅッ!!!」

 

 パルの顔面を掴んだまますでに跳躍していたらしい。しかも見上げると上空五〇メートル先立った。さすが人外を超えている(・・・・・)膂力と認めるしかない。しかも、細腕片腕で遠心力を付加させて屋上から五〇メートル――――その高さから、容赦も無く屋上目掛けて投擲していた。

 くの字に曲がったままパルは背中から、受身も何も無く叩きつけられた後はバウンドする。爆撃のような衝撃が、天叢美の立っている床にビシビシと感じ取れる。

そのパルへ舞い降りた黒須が馬乗りになり――――握り締めた両拳が嵐雨の如く、顔面腹部へ叩き込まれていく。容赦ない女だ。そうとう腹が立っていたのか、執拗に殴り続ける。毎秒三〇発かな? と、黒須が放つ乱打をぶち込むたびに屋上の床は陥没していく様を見て、天叢美は淡々とした感想を呟く。

 

「………なるほど………この学校は建築物全てに物理耐性のある【結界】がほどこされているようですね………こんな“器用さ”は黄雅里には無いはず………なら、【九凪沢】の【誰か】でしょう………」

 

 冷静に呟く天叢美へ――――散々殴って原型など留めていないであろうパルも見ず、黒須は睨んできた。

 

「冷徹なのか? それとも気が狂って冷静になっているのか?………貴様の盾は盾すら成っていないぞ? 哀れなペンギンを差し出して助かりたいか? 狐はいつも知恵しか回さない………」

 

 フル凹になって、死骸のように四肢をダランと投げ出しているパルを跨ぎ、黒須はゆっくりと天叢美へ近付く――――爪も牙も無い天叢美だが、修羅場の数なら黒須よりも潜ってきた自負はあった。その黒須がジリジリと間合いを詰めるのを注意深く見ながら、絶対必殺の射程距離まで、あと二歩であろうと予測する。対して黒須は徐々にオオカミとは掛け離れた凶笑を浮かべていた。

 

確かに――――自分は(大神)を蹂躙した【最悪(ヒグマ)】を嵌めた(・・・)。そして、その獲物(トロフィー)が“黒須”の捕食対象なら歓喜するだろうが………これは“黒須”ではない………強いて言えば、媚を売るしか能のない【猫】だ………餌を得るためだけに媚び、憐れみと施しを求める【野良猫】だ………【下卑た猫】だ。真神正輝(ヒグマ)如きに屈した犬以下の以下――――犬と狼に土下座しろと――――天叢美は瞳の輝きをさらに増して語っていた。

この眼が気に入らないのであろう………この態度が気に入らないだろう? 黒須よ? 本当は【あなた】がするはずだからだ。

 

「貴様さえ屠れば………貴様を殺せば………貴様さえ、いなければ! 私は! 魔王などに媚びたりしなかった! 私は狼だ! 誇り高き狼の眷族だ!」

 

 もう――――濁り狂った瞳だった………“大神”の片鱗すら混濁の中。

近付く黒須に、天叢美は――――矮小と見ていた。未だ狼であると勘違いしている………哀れな猫。

 

「あなたがオオカミ? キツネの境目すら曖昧な私ですが………あのオオカミ(・・・・)たちは、死してもなお、雄雄しい………そして美しい………涙が出るほど、【彼ら】が生きていた内に、心の底から礼を言いたかったと………この次期になると思い知らされます。あぁ――――まったく、毎年この時期になると、“死んでいる感情”が“生き返ってしまいます”。この大神気取りが………あなたを否定します………………完膚なきまでに………絶対(・・)否定(・・)します」

 

 黙祷を捧げるように瞳を閉じて呟く天叢美――――真の狼を知るからこそ、敬意をもって………だが、再び目を開けた瞬間には、全てを否定する眼光を黒須へ突き刺した。

 

「………私が居ようが、居なかろうが、あなたは結局、魔王に媚びる(イヌッコロ)以下のクソ猫です………黒須を見下していません――――“私”は、“あなた個人”に、“吐き気”がしています。李麗よ………誇りがあるなら、大神であると言うなら、何故その爪牙で魔王に相対しないのですか? あなたの“母”のように?」

 

 天叢美自身がした過去は羆に逃れられない絶対的な虎バサミを仕掛けたことである。

その計画に“巻き込まれた”のは当時の“黒須一家”である………そして、この言葉を叩き付けることは李麗にとって憎悪も、殺意も超えてしまうことはよく知っている。

 グルグル、グルグル………李麗・黒須の頭の中は過去と現実が綯い交ぜになってしまい、冷静な判断など出来なくなることも。

 そして、一番――――言われたくない言葉を――――この世でもっとも言われたくない自分の口から吐き出されたのだ。

 

 狂気が――――爆発する。

 

「………その戯言を遺言とする!!………心置きなく“無”に還れ………!!! “一族”へ詫びろッ!!」

 

 黒須は宣言し、一歩を踏み入れた瞬間。ああ、死ぬかな………? などとは、天叢美は思わない。

そんな死の局面ですら、生者と死者を三度も殺し切る爪牙を供える猛獣を前にしても、実に安心出来る自分に噴出しそうだった。

“自分”を“守る”と言ってくれた人は誰だ? 自分を“生きている”と“母”と“夫”以外で実感を与えてくれる人は誰だ? 言ってくれた人は?

 

絶殺滅殺の距離に入った黒須を前にしても天叢美は命乞いしなかった。だた――――黒須が“殺した”………殺したはずと思っているパルが動く気配に、黒須の足が止まり――――怪訝と後ろへ振り返っていた。

 

「屡南〜ぁ? あと何秒だ?」

 

「【もう三十秒切ったぞぉ!! 貴様!? もう少し、シャキッとしやがれぇ!! 私は自分の学校()を破壊したくないぃぃい!!】」

 

「あぁ〜解った、判った? 十秒で終わらせるから?」

 

 言いながら――――ヨォッ――――と、腹筋だけで軽やかに立ち上がる――――たった一発だけで生者が三度死ぬ一撃を喰らっておきながら………本当、何故、この人は立てるのだろうと、天叢美は思ったが――――すぐに頭を振った。

 

 愚問過ぎる考えでした………あなたは【悠久】すら擦れ切れず――――()がらなかった人でしたね。

 

「………はぁ〜【哀しい】ぜ………これがオオカミの爪牙か………誇り高き【オオカミ】か? 哀しいぜ………そして、()()()()………」

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 首を回し、肩を回し――――――――平然と、立ち上がったパル。

 先ほどの己が放った拳打のせいで、Tシャツはボロボロになっていた。それが己の拳が届いていた事実と解る………だが、そのボロキレをパルは左手で剥ぎ取る。

屋上から吹く風がシャツをさらい、真紅の外套を肩に引っ掛けたまま上半身を外気に曝す。

 無傷――――綺麗に傷一つ無い? いや拳に残っている………骨を砕き、肉をミンチにした感触は残っている!

 なのに………痣もない………拳打のダメージも無い………いや………私は“挽肉”にしたのを、“確認”していたはずだ。この眼で見て、跨ったんだ!

 だというのに………どうして――――再び――――同じように手招き出来る!?

 

「――――おら? 何をボケッと突っ立っていやがる? 時間も無いし、サッさと終わらせようぜ?」

 

 魔王を嵌めた【最低】はそんなパルを邪気も無く――――クスクスと微笑んでいる。信服や忠義の輝きだった。

腐乱死体のような瞳が息を吹き返していた。

しかし、黒須にとって混乱はそれだけではない。【普通】の【一般人】は屍人殺しの毒牙を受けて平然としている。

 

 何故だ? 我が拳は死者すら殺す――――我が膂力は生まれながらにして人外を超えている――――それなのに? 何故、こんな男一人を屠れない!!

 巻士(・・)()並ぶ(・・)物理(・・)攻撃(・・)()分野(・・)で、巻士(・・)()同等(・・)たる(・・)()が!?

 

「李麗・黒須よ――――“先”の台詞を王に代わって、私がお返ししましょう………」

 

 理解を超えるパルを前にして――――捕食される側であるはずの天叢美は、驚愕に打ち震える黒須の背後へ淡々と――――だが、王を讃える詩人の如く、朗々たる音階を奏でる。

 

その(・・)お方(・・)()()()心得て(・・・)いる(・・)?」

 

「誰だと………? 馬鹿は馬鹿らしく、休み無く戯言をほざくようだ!! どうせ、物理体制のある《魔具》でも持ち歩いているのだろう! なら、《魔具》の限界を超えた一撃を喰らわせて終わりだ!! もう【人間用】に抑えた攻撃は止めだ………【人外殺害】を目的とする全ての力でブチマケロ!! 光栄に思え! 愚か者!! 全力で屠ってやるッ!!」

 

 もうこの男に時間を割くことなど出来ない。可及的速やかにこの男を殺し、女も殺す!

 

「いいからさぁ? サッさと来いよ? あと何秒だ? 屡南?」

 

「【あと十秒だ!! 早くやっつけてよっ!! お願いよぉ〜!! もうあなたのこと馬鹿にしないし、陰口叩かないからッ!?】」

 

「口上垂れ流す暇があるなら、サッさと突っ込んでやられて下さいよぉ〜? クッククク………」

 

 黄雅里もこのキツネすらも………この私が敗北するような台詞を良くも抜け抜けと吼えてくれるッ!

 

「このっ………最低の魔女(黄雅里屡南)………最低の悪神がぁ!! そして、目の前で巨大な壁になった気でいる愚か者(ペンギン)ガァッ!!」

 

 緒が切れる――――頭の血管と理性が軒並み引き千切れ、李麗・黒須は一匹の修羅の相貌となり、音を置き去りにしてパルに肉迫する!

 

「加減するけど――――あれだぜ? 文句(、、)言う(、、)()()?」

 

 右拳を握り締める――――空気という絶縁体をねじ伏せる緋色の雷が右拳に集中する。心配そうに呟くパルの声など黒須は聞こえない。

しかし、その瞬間――――その衝突により落雷の如き轟音が響き、校舎が打ち震えた。

 

 

 

黄紋町、神城マンション。

 

 

 

 時間にして数十分前だった。

 ガラハド・ヴァールとそのメイドと執事たちは………愕然とした。

 わざわざ玄関前で清掃しながら待っていた女性………無地で茶色のパーカー。作業に適したエプロン。そしてふんわりとしたロングスカート姿の女性が、目立つことこの上ない一団を前にして、ニッコリと微笑んでくれたのだ。

 空港からこっちまで、奇異な目で見られていたガラハドには奇襲にも等しいほど次行動の出来ないタイミングで、

 

「今日からこのマンションに住む、《クラブ》の方々ですね? お待ちしておりました。私は管理人の磯部都子です」

 

 管理人としてわざわざ玄関前まで出迎えてくれたうえ、優雅さと気品すら感じる一礼に、「鈎那の師匠だから、とことんエグい性格です。もし坊ちゃんの精神衛生に悪影響な人間なら即、殺しますよ? 良いですね?」と、自分の部下であるメイドたちへ激を飛ばしていたメイド長ジェルはまともな出向かいに毒気を抜かれ、

 

「………こちらこそよろしくお願いします………」

 

 レオナルドも想像していた人物と違いすぎて、困惑気味に相槌を打つのみだった。

 

「………………」

 

 そして、ガラハドに至っては“実力だけ”は折り紙付きの鈎那を鍛え上げた“師”である磯部都子を、断り無く霊視し………呆然としてしまった。《クラブ》の中でかなりの修羅場を潜ってきたのに………胆力も度胸も精神にも自身があったのに………“別格”の存在に戦慄していた。

 

(………ありえない………位階第五………否、第四位の深淵まで到達している《異界使い》の結界師………しかも使役じゃなく、《湖の妖精》の全てを支配下………ッ!?《空気の檻と塔》………《妖精郷》すらも………? これでは………京香女王陛下と同格ではないか………? 否、まともに二人が衝突したら、絶対的に有利を確保出来るのは………この人なのか?)

 

 呆然とするガラハドの視線など最初から知っているにも係わらず、磯部都子は微笑みつつ、

 

「あまり《霊視()》てしまうと、乱視になってしまいますよ? そんなに硬くならずにフレンドリーに行きましょう? ねぇ? 皆さん?」

 

と――――ガラハドとその後ろに控えているメイドと執事たちへ微笑んでいた。

磯部都子という情報を少しでも欲しくて、霊視を行なったのは何もガラハドだけではなかった。

 

「失礼いたしました………“磯部様”………」

 

 ガラハドは一礼し、不躾な霊視に対しての非礼を詫びた。否、しなくてはいけない………これほどの“強者”を“霊視”しなければ解らなかった………礼を欠ける態度をしていたガラハドにとって万死に値していた。だから非礼を詫びた。彼女に屈した容だった。

 

流血と闘争を嗜む《クラブ》の戦闘会員………蒼戸町(ブルーシグナル)流に言えば“Sランカー”。順位は五〇〇〇………《吸血騎》ガウィナ・ヴァールの息子、ガラハド・ヴァールです。以後、お見知りおきを………

 

 《クラブ》の流儀と伝統に従い、己の順位と素性を言うガラハドに好感を持ったのか、磯部都子は「これはご丁寧に」と、お辞儀を返す。

 

「ですが………どうしましょうか?」

 

「はい?」

 

「その“流れ”から行ったら、私は磯部の“言霊”で“口上”を言わなくちゃいけませんね? ですが、私は磯部家の口上が嫌いなんですよ?」

 

 微笑ながら言われてしまい、どうリアクションをすればいいか解らなくなった一団は、

 

「「「「「「「「「「はぁい?」」」」」」」」」」

 

「だって、“暗い”んですよ? 私はそういったモノとの“縁”を切りたくて、心機一転中なんです」

 

 こっちの混乱した空気を簡単に緩和して、簡単にガラハドの後ろに控えたメイドから執事たちを笑いのツボを刺激させて、微笑ませていた。ガラハド自身、気を使って頂いたと、恐縮するばかりだった。

 

「どうしましょうか? “言霊”に対して応えねばせっかくの礼儀に反してしまいますね」

 

 彼女にとってガラハドなど弱小、矮小なはず………だと言うのに、“若輩ものの礼儀”を返そうと悩んだ表情をする磯部都子は………どこか幼い童女と………見たことも無い………自分を産んでくれた《母親》は――――もしかしたら………こんな人だったら良いなと………思わせてしまう空気にガラハドは心を奪われてしまう。

 

「磯部様? あなたは確か鈎那薫殿の師ですから、それに沿ったモノでいいのでは?」

 

「いやですね」

 

 超早く断言した。

 

「薫を紹介するみたいで嫌です。あなた方も嫌でしょ? 私の弟子ですが、正直嫌でした。師匠の私が言うんですから、《クラブ》の食客になったあの子は、あなた達がもっと嫌でしょ?」

 

 たしかに………と、ガラハド一団は声を揃えてユニゾン。

 

「だからと言って天獄塔(バビロン)》の(つば)()(とう)()は、へんな感性に目覚めて《貴族嗜好(ロイヤル)》に所属してしまいましたし………

 

((((((((((あんたがあの、性悪育てた!?))))))))))

 

 心を一つにした執事とメイドの驚愕顔に頬を掻きながら、

 

「リアネスはもっと嫌だと思いますし………」

 

((((((((((そいつもかよっ!?))))))))))

 

「あぁ………その、言わなくても大体はその“表情”で判ります………えぇ………あの三人の“教育”はこれでも頑張ったんですけど………」

 

「あぁ! 否! あなたは………その、あの三人の育てた“人”とはまったく思えないくらい素晴しい人ですッ!! はい! 同じ女性として尊敬します!! あなた達もそう思うでしょ!?」

 

 ジェナの発言に、メイド全員勢い良く頷く。さっきまで殺害方法を考えていたが、正直それらを払拭したい気持ちを一つにしていた。口々に――――

 

「ええ、そうです!」「本当信じられません!」「てか、弟子が悪いんです!」「そうよ! こんな良い人が師匠なのに、勝手に腐ったのはあいつらよ!?」「そうそう、どうしてあんな非人間のキチガイになるのよ!?」「何だかムカつかない!?」「えぇ! 今からぶっ殺しに行きませんか!?」「ジェナ様!? 特攻しましょう!!」

 

 何だか勝手にヒートアップし始めるメイド。そして、隊列とか役割を決めようと指示を飛ばそうとするメイド長へ、

 

「すいません………その過去を思い出すと、どうしても暗くなって………」

 

 謝る必要が無いのだが………謝られてしまい、日本人のペコペコ癖が一気にメイド連中に蔓延し始める。

 

「ですが、嫌な思いでもたくさんありますが………」

 

 言いながら何かを思い出したのかクスクス微笑んで、

 

「そんな嫌なことを払拭する出来事を予言してくださった“人”と、与えてくれた“人達”に敬意を込めて………この言霊で名乗ることにしましょう」

 

 今の私に一番相応しいですね? と、付け加えながら。

 

「だからこそ………“我が名を名乗ろう”」

 

 一気に………空気が変わる。重圧ではない。強いて言うなら………包まれ、括られる………。

 

「“オオカミ”の下、“オオカミ”を“守護”せんと集う者が一人………“神に弓引く”ことすら躊躇わない………」

 

 その言霊は………この言霊は………ガラハドもレオナルドも、ジェナもメイドも執事すら全員が、聞いたことがある。

魂に刻み込んだ言霊だ。

 父、ガウィナが………己が理想と、己が理念を見失っとき………真神京香がその信念に対して………“女王”としてではなく………“狼の巫女”として………

 

「“冥府の王”も平伏して………癒し焦がして、“収穫の女神”すら足蹴にしよう………」

 

 最古の吸血鬼に対して、己が生の許される限り“処刑人”となろうと誓った時の………言霊と酷似していた。

 

「“熾天使”の六翼超え、天使の王になろうとも………焔の中を飛翔する“不死身鳥”であろうと………」

 

 この言霊は………神殺し(スレイヤー)の………共通する………

 

「“常若”も振り向かず………“太陽”すらも、背を向けて………」

 

 冥王の宣告、残虐なる乙女、詩天使に不死身鳥………そして、それらの肩を並べる磯部都子の異界たる“常若”も、真神京香の太陽神も背を向けて………“叛き切って”。

 

「我らはただの“一矢”。オオカミのために馳せ参じた。罪も罰も甘んじて享け得るただの“一矢”………」

 

 神すら殺せるのに………ただの“一矢”と………しかし、一度放たれれば、絶対に狙い違わぬ者の一人として、神すら射抜く宣誓を持って、

 

「我は“常若の支配者”。“永久”すら封じ、“妖精”を“総べる王”なり………“理想郷”も破壊することを辞さない“神殺しの一矢”たる磯部都子なり」

 

 四人目の………神殺し………その存在に………慄き、畏怖し、唾を飲み込んで渇きを癒すことも出来ないガラハド達へ、

 

「………って感じですか?」と………神殺しは微笑んだ。

 

 もう何もいえない………この人は本物の強者だ………その言霊は《クラブ》の《長》に連なる者として最大の敬意を表すに値した。

ガラハドや執事長やメイド長。その後ろに控えるメイドと執事は片膝をついて最上級の敬意を払っていた。

 そこまで萎縮されるとは思わなかった都子は懸命に宥めたのは言うまでも無い。

その後は届いたガラハド達の私物や荷物を、執事とメイドが分担して整理し、メイド長と執事長もその整理に没頭していた。

そして、ガラハドは磯部都子がマンションを使う際に、屋上は夜の八時に鍵を閉め、朝の九時には解放していると説明を受けている時だった。

 丁度、正午になるかならないかの、時間帯だ………………方角的には自身がこの説明を受けた後、執事たちやメイド達をどう撒いて自分が通う高校の門を潜ろうかと、考えていた矢先………そこまでは何とかガラハドは思い起こすことは出来たが………

 

「あら? 鬼門街に来ていらっしゃったんですね?」

 

と、磯部綾子が呟いて、視線を向けていた。まるで、久し振りですね? と、遠い場所にいる友人へ確認するように………その視線の先に――――釣られてガラハドは見てしまい………愕然として硬直していた。

………真っ赤な雷が天を食い破らんと、“龍”となって………駆け登る光景だった。

 

「………あり………えない………はずだ………“雷”が“緋色”………否、真紅だと!? “上位次元”たる“天使”、“妖精”、“悪魔”を取り込んだとしても、“蒼穹”………“高次元”の“魔王”、“熾天使”、“ソロモン妖精”の加護や支配下に入れていても………“最高位”だって“漆黒”だ………“黒き雷靭”の異名を持つ………四色四翼に名高い《クラブ》の碧川巴さんや、“碧氷”の碧川鋼太さんですら………いや、凡百の魔術師が“束”に成っても、絶対的に“上から下”へしか作用出来ないのが“雷”の特性のはず………まさかッ………《取り込んでいない》のか………!? いや!? “雷”に属する者なら、空気ですら絶縁体………“自然現象”でもある“法則”が絶対だ! 上位次元や高次元を取り込まずして………どうやって、真紅の………それも物理法則も自然現象も捻じ伏せることが………いや、それより“どうして”それらの要素で、“龍”を“容”に出来るんだ!?」

 

 驚愕と脅威の光景に捲し立てるガラハドへ、磯部都子は《?》マークを頭上に浮かべながら、

 

「ガウィナさんは確か、最初に克服したのは《太陽の光》ですよね? 《吸血鬼》に属していながら、その免疫があるのはおかしくありませんか?」

 

「えっ………? あっ………確か………いいえ!? ですが! 父は一千年以上の悠久で培った結果ですよ? それと何が関係あるのですか!?」

 

「あっ………」と、失言だったと感じるような視線の外し方だったが、パニック中のガラハドにはそれを見破る余裕など無かった。

 

「まぁ丁度、校門前に………ざっと“霊視”したところ………巻士くんでしたか? あの大きな身体は?」

 

 巻士………令雄………吸血鬼を捕食することが出来る絶対的な百獣の名を耳に入れた瞬間、ガラハドの表情は一気に困惑から真剣さが露になる。

 

「それに北欧………あぁ、これはベオ・ウルフの名剣………あと、迷宮の語源となるラビリンス………あら? 《棺制作》?………それにソロモン王の射手。おまけにあの“鬼殺しの帝王”とも呼ばれる神宮院の“娘さん”がいますね………」

 

 大丈夫かな? ウチの娘? と、呟きながらチラリとガラハドを盗み見ると………そのガラハドはもう黄翔高校の方角しか見ていなかった。

 先の赤き雷龍の存在を綺麗に漂白し、もう戦場を見る戦士の顔となっていた。

 

「磯部様………」

 

「様はいらないわよ? ガラハド君?」

 

「では………改めて、磯部さん………」

 

「はい?」

 

「マンションの説明はまた、今度でよろしいでしょうか? ボクはそろそろ学校の“手続き”にいかなくては………着替えて、一刻も早く………」

 

「大体の説明は終えたし、解らなくなったまた改めて聞いて。私も娘も応えるから」

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

「ありがとうございます」と、一礼し、屋上をさっさと出て行ってしまうガラハドの背を見ながら、小さく安堵の溜息を吐く都子は苦笑しながら、黄翔高校の方角――――赤き龍を放った“人物”へ向けて、

 

「あんまり派手な《こと》しないでくださいよ? 《王》よ? “あなた”は“自分”を“誰”だと思っているのですか?」

 

 そんな皮肉を込めて磯部都子は溜息を吐いて。

 

「しかし、これは意外………吸血鬼だというのに“太陽の加護”が備わっているガラハド君が何も知らない………ガウィナさんも自分の過去は一切口に出していない証拠………でも、これは仕方がないか………」

 

 独り言を呟きながら首を振った都子は、改めて――――天へと消えた紅い龍を見上げ、

 

「では、“例”の場所で」

 

 そう――――無垢なる王ならば気付くと信じて呟き、屋上を後にした。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 黄翔高校、校門前。

 

 

 雷が今――――落ちた――――オゾンと空気を焼き焦がす独特の異臭が風に乗って鼻腔を擽る。

 ゾクリ――――と、背筋に走る汗――――何より私の属性である《雷》が共鳴する。

 私が使役する帝釈天と建御雷神が………歓喜している? 咆哮を上げている………? まるで《同種》へ向かって………感動している!?

 

「ウッ………くぅ!」

 

 全身が帯電する! 自分の使役する神々が見ろと叫んでいる! こんなの今まで無かったのに!

その方向は校舎の屋上………私が視線を向けた後………黄翔高校校門に集う全ての魔術師が呆然と――――愕然と私と同じ方向を見上げていた。

私は――――その凄惨で、壮絶で、暴力に斉しい光景なはずなのに――――雷の神々が心を動かす情景に、ただ………ただ、魅入ってしまう。

 

「………あぁ………あああ………」

 

 声が漏れる――――鼻の奥が熱い――――不味い、泣きそうになっている………涙が流れそうな涙腺を根性で締め上げて堪える。

 人前で涙なんて流したくない………そんな惰弱な涙は五年前に終えたのよ………だから、流れるな。

 

「………すげぇな………相変わらず………」

 

「………嫌な思い出しか無いが、同感だ」

 

 何故か留年シットな先輩はシミジミと言い、巨大筋肉怪人の巻士さんは深々と呟いている。

雷は落ちることこそが《サガ》………天から地を目掛けて、叩き付けるのが常………なのに、屋上の紅き雷は天を目掛けて(・・・・)昇っている。無造作な軌跡を描きながら、真紅の雷は一匹の龍と化し………天へ昇る様を私達は呆然と見上げていた。

 

「真紅の………雷龍………?」

 

 何一つ構成も、使役する神や悪魔も理解出来ない――――どれだけ霊視を凝らしてもあの紅き龍の正体を掴めぬまま、天空へ消えていった。

 

「………あいつ………大丈夫だろうか………?」

 

「………さぁ? でも、加減はするだろう?」

 

 天を昇る龍が消えた後、巻士と留年先輩が世間話するように言う。

磯部さんはガタガタと歯を鳴らしている………驚愕のようで、興奮――――それでいて、己の眼を疑うような………感動の奔流に飲まれている。

マジョ子先輩も何故か――――垢抜けない童女のような眼差しだった………伝説の英雄を目の当りした少女のような眼で、天へ消えていった紅き昇龍を見上げている。

 

「………あっ? 落ちてくるぞ? 受け止めてやったら?」

 

 何か――――コンビニで立ち読みした重版の聖闘士聖矢の場面?

黄金聖衣着て落ちてくる紫龍みたい――――こっちに向かって人影が落ちてくる?

霊児さんは平然としているが………私としては………気に入らないけれど、あの雷龍を放った人物の正体が気になっていた。説明をして欲しかった。

 

「そうだな? じゃ、ちょっと彼を頼む」

 

 無視してくれますね? この二人は? さすが聖堂の犬と元、犬です。それに魔王形態のままの誠ってちょっと重過ぎるんですよ? ワザワザ私に渡さないでください………まぁ、密着しているし………小さな呼吸がこう〜耳元ではぁはぁされて………って思っているわけじゃない! 違うもん!! 私、全然そんな気なんてないんだから!!

 

「もう少し丁寧に追い出して欲しかったな………」

 

 げんなりと霊児さんの呟きに、巻士さんは全身の筋肉を隆起させながら、落下地点を見定め――――、

 

「まったくだ――――なっぁ!!!」

 

 落ちてきた人物を両手で受け止めた瞬間、コンクリートが振動を震わせた!

 

 巻士さんの巨躯が、膝下まで陥没する――――だが、落ちてきた人物を受け止め切った巻士さんは小さく安堵の溜息を吐いた。ゆっくりと抱きとめた人を揺らさぬよう、膝まで埋まったコンクリートから両足を引っこ抜いて、

 

「ふぅ――――気を失っているだけのようだな………」

 

「良かったぁ〜………しかし、【あのヒト相手】に喧嘩吹っかけるなんてガッツあるな………? その人誰だよ?」

 

「ああ、李麗・黒須だ」

 

「「「はぁああッ!?」」」

 

 磯部さん、マジョ子先輩、そして私が素っ頓狂な声が漏れた。

 ――――生まれながらにして、人の【容】をしているだけの【人外殺し】………魔術師の枠を超えた【人外】のさらに上に属する【存在】が………撃退された?

 

「でも、良かったな? その黒須さん? オレなんて、二週間身体中悲鳴を上げていたぜ?」

 

「………俺は如月病院に一ヶ月通院したぞ。アヤメさんが【どんな化け物よォ〜? キミをボロボロにした化け物埒外生物は〜?】って驚いていた」

 

「えぇ〜? 化け物越えの化け物なアヤメさんが?」

 

「あぁ………俺よりよっぽど化け物しているアヤメさんに言われるとは、思わなかった………」

 

 いや――――世間話すんなよ? あんたら、敵同士でしょ? 何でそんなにフレンドリーに話し合うのよ?

 

「【世間話はそこそこにして、私に注目して欲しいのだが? 二人とも?】」

 

おい?――――切羽詰った表情をしていた理事長先生――――説得力無いです………今更教師面すんな。

 

「【〇.〇一で止まったのは良いが………神槍と聖剣のド突き合いなど、こちらで管理しない。何処でも良いから、場所と日時を決めて今日は引いてくれないか?】」

 

「………異存ないですけど、アンタが仕切るな………破壊魔女め………引っ込め」

 

「………右に同じくだ。黄雅里屡南………出来れば………口出ししないで欲しい」

 

 息を合わせて神槍と聖剣の抗議は、今の私の胸中にベストマッチ。

そして再び――――対峙する両者の気配は私の口出しなど、絶対に入る余地など無い。

睨み合うは聖堂の聖剣と、聖堂の神槍………京香さんから少なからず、聞き齧っている………神槍という聖騎士は、聖堂の歴史内で巻士令雄を含めて、たった【三人】――――対して、【魔剣】、【聖剣】は現代も含めて二人ずつ………【魔剣】の【初代】は【中世】まで………聖剣の【初代】は【古代】にまで遡る………【時代】の中で高々、【天才】程度では呼ばれない上に【選ばれない】………その、神槍と聖剣が静かに瞳を向け合う。

 

「………何時か良い? 巳堂?」

 

「そうだな………明日がいいかな? マコっちゃんの怪我の具合とか見たい。場所は――――どうするかな? マジョ子?」

 

 いきなり振られたロリッ娘魔女ッ娘――――だが、聖剣と神槍の両者を見渡し、

 

「そうですね………その規格外な恐竜が暴れ回って、尚且つ【あなた】が【ちょびっと】、本気になって暴れても良い場所でしたら――――人口島まで造ってオープン前に潰れてしまったシーサイド・アイランドって言う、遊園地なんてどうでしょう? その恐竜が暴れてくれれば買収した手前、解体作業の手間が省けて良い――――それに人目も無いし、無駄に広い――――恐竜の率いているその馬鹿どもも掃討できますよ?」

 

 ニヤリと――――このロリーター魔女はどんな宗教に毒されているのでしょうか? この恐竜と霊児さんが衝突しても、霊児さんが勝つと信じ切っている。【恐竜】を相手に――――たかだか、武術を習得した【人間】が勝てると、何故信じられるの?

 

「………戦闘魔女と呼ばれている割には………戦闘能力も見極められないのか? マージョリー・クロイツァー・ガートス?」

 

 同感です………イギリス系のお人。良く見ると、あなたが一番常識人に見えますね………敵じゃなければ、良い話し相手になったかもしれませんね………。

 

「ほぉ〜気に喰わなかったかいぃ? ゲイル・スタンデェス? いや………【賢老院】の【賢者様】? 連盟で賢者と呼ばれたアンタが見ても、この【圧倒的】な【戦力差】が解らないなんてねぇ〜?

 

 いや――――マジョ子先輩………笑っていますけど、その台詞………絶対、あちら側の台詞ですよ? あっち、恐竜がバックに居ますよ?

 

「面白い――――なら、俺の相手はキミが勤めると?」

 

「えぇ――――ステップ踏む相手にしては、役不足ですが………まぁ、我慢しますよ? メインは私が選んだ聖剣と、あなたが選んだ神槍ですから?」

 

「極上だ。ガートスよ――――【言霊】で名乗ろう――――我はレライヤを下僕とする者………タロットの十番、運命の輪。正位置に立ち、魔術師たるアレイスター・クロウリーに並び立とうとする我を論破出来るか? 魔女よ?」

 

 連盟所属たる魔術師が名乗る――――黄金の夜明け団の流れを汲む【言霊(布告)】に対して、戦闘賢者にして戦闘魔女――――ガートスの若き当主は、ギャングスターの笑みを浮かべる。

 

「喧嘩上等――――………卿に相応しく、必ず論破しましょう………我はタロットの一五番………悪魔の逆位置の守護下………(ティファレト)を越えるため、卿に挑もう!」

 

 眼光と眼光の間に火花が散らせ、睨み合う魔女と賢者。

 

「なら………結界師()の相手は、あなたね………?」

 

 静かに――――身体中ベルトが巻かれている女性は磯部綾子さんを静謐に――――しかし、敵対する凍気を漂わせながら、

 

「迷宮の語源、魔術師の異界………迷わせ、弱らせ、殺し尽くす心象世界………我が迷宮を走破出来るか? 我が好敵手よ?」

 

「えぇ………と、さぁ〜………? でも、係わっちゃったんで………それに、【勝ち目】が【有り】そうですから………頑張れますよ? 棺使いさん? でも、手加減してくれたら、嬉しいかな? まだ私、初心者ですから?」

 

「手加減は無理だな………君のような【鬼才】、【異才】に対して加減は非礼。全力で潰す………鬼才を代名詞とする退魔師、磯部よ………互いに異界使い………存分に心的外傷を切開し合おう」

 

 嫌な宣戦布告だな………と、溜息を吐いてベルトでミイラみたいな女性の眼光を避けるように下を見る磯部さん。

 何だか………明日、ドンパチし合う相手というか………衝突し合う両者を見つけているようだ。で? 私は………まさか、この双生児なのか?

 一番雑魚そうですよ?

 

「「女王の庇護下にいる雑魚が相手か………一番雑魚そうだ」」って、言ってくれますね………この双生児ぃ?

 

「「禁忌の蔵。禁断の門。魔生を絶つ術の中から――――」」

 

 このステレオ言霊は――――神宮院………未だ上等ぶっ扱いて、真神当主たる京香さんに喧嘩を吹っかける、【帝王】と呼ばれている神宮院斑の娘どもか………良いでしょう………纏めて曝して【帝王】に、あんた等バラバラして宅配便で送ってあげましょう。もちろん、真空パックにして着払いで。私は家計に優しく、人に厳しいのです。誠以外。

 

「「選べ、死に様を! 我は神宮院………神を愚と反ずる陰なり! 魔神すら反しよう!!」」

 

「殺しますよ………この、双子ぉぅ? 二人纏めてバラバラ死体にして、親元に送りましょう………我らは神を降ろし調伏する者。ゆえに我は()()なり………真神の名に賭けて、鬼殺しの両名を惨殺しましょう………」

 

 クッククク――――ケッケケケケ………と、嗤う私と双子に何故かドン引きするんですね? マジョ子さん、磯部さん? 霊児さん? うん、絶対あなた達もドサクサ紛れて、ビート・ダウンします。

 

「と………なると、私の相手は誰かな?」と、北欧系でちょっとフランス語発音が目立つ女性が私達を見渡していた。

 

「私はジェナ・ジョセフィーティ………流血と闘争を嗜む《クラブ》の戦闘会員………蒼戸町(ブルーシグナル)流に言えば“Sランカー”だ。順位は二〇〇〇………他のメンツと比べて家柄も、履歴すら劣るかもしれないが」

 

 肩を竦めて――――言うけれど………《クラブ》の戦闘会員は一万人………その二千番台………?

 一万から九〇〇〇台で位階が栄光(ホド)勝利(ネツァク)(ティファレト)の魔術師が入り乱れ、八〇〇〇から四〇〇台で上級吸血鬼、獣人、屍人が跋扈し、四〇〇から一桁台なると本当に人外? 人類? と、思うほどの戦闘能力を誇る超悪な戦士が居る………まぁ………京香さんがその昔、その《クラブ》でテッペンを取った人だし、あの京香さんの出鱈目な戦闘能力を考えれば、納得出来るし………ジェノサイド(ラヴ)な蒼眞昇太郎兄さん何て異常な性癖と、戦闘能力で“Sランク”の中で脅威である七位に入っているけど………

 

「せっかくこの鬼門街に来たんだ………せめて、生と死の境を存分に堪能したいのだが………?」

 

 徐々に――――何か、そう――――淑女なお姉さんの顔が豹変している!? 作画崩壊なの!? ヤバイ!! この人も、昇太郎兄さんみたいな人種だ!! ああっ! 不味い! 膝が笑っている? 嫌だ………こんな人と一緒の空気吸いたくない!!!

 

 

「………これは、これは? こんな場所で奇遇ですね? ミズ・ジョセフィーティ?」

 

 

 あぁ………何だろう………この、苦手で今すぐ逃げ出したい空気を放射しながら私達の後ろに向かってくる気配は?

 

「それは私の台詞だよ? ガラハド・ヴァール? どうした? レイ・ムサシノを追い掛け回して、とうとう極東まで赴いたのか?」

 

「いいえ、彼女に勝つために武者修行をしようと………そのため、連休明けにはこの学校に転校する予定でして………その挨拶に来たのですが………まさか、あなたが鬼門街(ゲート)に居るなんて………初耳ですね?」

 

 嫌だけど………本当に苦手なんだけど………そんな念話を懸命に送り込んでいるのに………いきなり現われた少年――――カッターシャツにネクタイ。ストレートジィンズにラヴァーソールシューズですか………それに左手にある金のブレスレット………ファッションセンスは嫌いじゃ有りませんが………すいません、初対面のお人………私の横に立たないで………その、苦手なんです………あなたの気配………。

 

「何だ? ようやく来たのか?」と、マジョ子さんが軽々しく言う………この「殺し合いをしたくて、すっ飛んできたんです、ボク❤」みたいな、輩を相手によく声を掛けられますね?

 

「申し訳ございません、マージョリー殿。何分、地理に明るくないため、遅参する愚をお許しください」

 

 ………なんて言うか、血に飢え捲くっている戦闘狂本能を紳士的にデコレーションするこの金髪で紅眼の少年は、マジョ子さんへ丁寧に一礼しています。

 

「まぁいい。早速で悪いが、明日ドンパチやるからよぉ〜? おめぇもメンツに加われや?」

 

「ドンパチ? それは――――穏やかではありませんね………? 話し合いで解決――――何てつまらないオチは無いですよね?」

 

 駄目だ………この子………駄目な方向だ………仲良くなれない………霊児さん、マジョ子さんと違った意味で………全力で避けたい人。

 

「クッククク………なんだ? お前? 中々跳ね返りじゃねぇか? 気に入ったぜ? マージョリーじゃ、肩が凝るからな? マジョ子先輩って呼べ。私もガラって呼ぶぜ?」

 

「光栄です」

 

 何て、にこやかに握手なんて交わしていますね………この二人………なんて言うか、同じ趣味で奇遇だね? みたいな?

 

「………と、こんな訳でして、ミズ・ジョセフィーティ。ボクはあなたの【敵】です。あなたの満足いく【敵】になることをお約束しましょう」

 

「では、受け取りたまえ。ガラよ」と、白手袋を投げ渡すジョセフィーティさん。右手で受け取ったガラと名乗る少年はニヤリと嗤う………背筋に嫌な汗を伝わせるに充分な迫力を浮かべ、同じくガラも白手袋をジョセフィーティさんへ投げ渡す。

 

「《クラブ》の流儀に従い………君が私の敵、私が君の敵だ。存分に狂乱たる死の舞踊を踊り狂おう………我が宝剣ネイリングに誓って私は君の血肉で高みに昇ろう………」

 

 ベーオ・ウルフの剣の中で、竜を殺した剣………でも、折れたはず。だが、その竜殺しの剣を布から取り出し、その切っ先をガラへと向けている………贋作なのか? でも、贋作にしては、迫力もある黄金作りの両刃剣………妙に柄部分が気になるギミックがある――――しかし、贋作は所詮贋作………本物には成り変れない………贋作が本物に勝てない道理は無いが………本物にだけは成りえないように。

 

「それがネイリング………折れたはずの剣を噂の《妖精王》が鍛え直し、《錬金王》が新たに改造を施し、《魔女王》がその剣の再現指揮を取った噂の剣………素晴しい………父が所有する魔剣、妖刀を様々見たが………この剣の美しさは父が気に入っている刀剣と同格………この剣で腸と五体を切り刻まれるなら、死すら恍惚でしょう………あぁ………あなたに感謝する! ミズ・ジョセフィーティよ! なら、ボクもこの槍であなたの腸と五体を刺し穿つ事を誓おう!」

 

 あぁ………端正なマスクが、凶悪で泣きたくなる狂笑を浮かべていますよ? この新キャラ? それに金色のブレスレットが変形し、左腕から脈動しながら左掌に移って――――全長二メートル強――――先端から三角形に広がった穂先に左右対称の突起がある。突く、斬る、敵の武器を押さえ込むに適したパルチザン状――――だが、蛇の両顎から伸びる形にある穂先が禍々しい。蛇の尾が柄。刃は蛇の舌を思わせる。

 

「良い趣味だ。形状変形、武器の種類すら変化することが可能な蛇装(じゃそう)ウロボロスか………確か、その槍の製作者は《魔女王》だったか? かの女王は斬新なアイディアで様々な刀、剣、槍、さらには銃火器すら手掛けているという………その得物(ブランド)に五体を切り刻まれるなら、悪くないな?」

 

 ハハハハハハ………クククク………と、絶対にヤバイ二人は笑い合っています………R指定に引っ掛からないんでしょうか!?

 

 ガタガタと震える私のせいなのか………背中に背負っていた誠が、意識を取り戻して魔王形態のまま、おぼろげな目を見開き、

 

「【あれ? 何? この展開? どうして、昇太郎兄さんが二人も居るの?】」

 

 ええ――――誠………まだ眼がぼやけているのですね………でも、その感想はジャックポットです。

 

 

 

 一二時三五分。黄翔高校、オカ研部。

 

 

 

 シャツはボロボロになってしまい、学校指定のジャージを羽織っているおれは………実はちょっと、ムカムカしています。

 

「素晴しい………これほど他者を思いやる結界など………《クラブ》の戦闘会員に所属する結界師すら見たことが無い………あなたの思いやりや、信念が伝わるようです、マジョ子先輩」

 

 巻士さん等は明日の正午………潰れて用も成さない人口島で残骸となっている遊園地で決着を付けることを了承し、去って行ったらしいが………クラブの長だったかな? その息子………てか、ボンボンは、理事長先生と転校手続きを済ませてから、速攻でオカ研部の部室に入り、第一声がこれだった。

 

「………うるせぇ………別に………その………何時後輩が鍛錬出来るようにとか、リラックスし易いように考慮したわけじゃねぇ………断じて、てめえらのためじゃねぇ!!」

 

 ………真っ赤になって三角帽子を深々と被らないでくださいよ? それに? マジョ子さん? 初めてこの部室に入ったときに、おれは巳堂さんの口から、あなたが結界張ったって聞いています………それに、何て言うか………あなたはドSなんだけど、どうしてか………憎めないというか、あなたは魔女言うより、結構教育番組でお姉さん出来る本性が見え隠れしていますよ? 霊児さんとセットならチビッ子に人気が集中しますよ。

 うん〜何ていうか、最後まで付いて行きたい気持ちにさせるというか………姉御って、呼んでいいですか? って、思っているんですが? おれ?

 

「失礼しました。あなたの気を害したなら、謝ります。ただ、このような結界を張れるお人が自分の先輩だという感動に、我を忘れてしまいました」

 

と――――何か、こう………ムカムカするな………このボンボンちゃん。マジョ子さん相手にすげぇ、鳥肌立つくらい臭い台詞を並べ立てて――――そして、メチャクチャ様になっている所が。

 そんでもって、そんな言葉に喜びを露にするのを恥じて、懸命に平静を整えようとするマジョ子さん。

 

「思い切って親元を離れてみるものです………《連盟》で十代の若さで《賢老院》に最も近いと言われるガートス当主。同じく十代の若さで真神家当主代理を務める美殊さん………それに、クラブの闘技場全ての結界を仕切っている鈎那さんの師匠である磯部都子さんの実娘たる綾子さん………その三人とともに同じ学び舎など、とても言葉で言い表せない幸運です………」

 

 あぁ………君ィ? それ以上、寒い台詞を並べないでくれないかな? ボクちゃんの可憐な心臓が止まりそうなんだよ?

 

「ガラハドさんは――――」と、このボンボンと同じく、連休明けに転校予定の磯部さんの言葉を受けてニッコリと――――微笑んで、「ガラで結構です」と、何処に出しても恥ずかしい社交界スマイル。血管をブッ千切れる寸前です………ハイ。

 

「私の母をご存知ですか?」

 

「他人行儀は無用です。ミス・アヤコ。ボクはあなたの母上が管理人をしているマンションの住人です。あの人はとても素晴しい人だ………それに、あなたはボクの先輩だ。もっとフレンドリーにいきましょう?」

 

 何だろう――――社交的なヤツが転校生になると、妙にハイテンションなヤツっていない? そういうヤツって、時折さぁ〜妙にムカつかない? あれと同じだね。

 

「そう………その、じゃ、改めて、私は磯部綾子です。神城マンション一階の管理人室にいるから、何か困ったことが合ったら言ってね?」と、握手をするために伸ばされた右手に向かって、ガラお坊ちゃん? 何、クソ構えて、クソ笑って、クソな仕草で手の甲にキスします?

 

「マコっちゃん………落ち着こうね? 君が思っているより欧州のスキンシップは濃厚なんだよ? ハグや頬へのキスなんて当たり前なんだからさぁ?」

 

 くぅ――――!? 何故だ!? 何故なんですか!! 霊児さん!! どうしておれを羽交い絞めに!? くそう!! 振り切ろうと、もがけばもがくほど、何故か振りほどけない!! くそうぅ!! こんな時に限って、こちらの力全てがこちらに跳ね返るように、おれの力加減を利用するしぃ!!

 

「私もそうだな………ちゃんと、自己紹介はしておこう。私は連盟所属のガートス家当主、マージョリーだ。歓迎するぜ? クラブの未来を背負うことになる、若き騎士よ」

 

「光栄です。マジョ子先輩」

 

 ほら!? ほら!? あのガキ!! また、手の甲にキスなんてしていますよ!? 自分の相棒でしょう!? 汚ねぇ唇押し付けられていますよ!? さぁ!! 霊児さん!! おれと一緒に、このボンボンに世の中の厳しさを教えましょう!!

 

(あぁ………何言いたいか解るけどさぁ? 君ら居ない時、マジョ子はあれ(・・)以上(・・)()濃厚(・・)だからな………)

 

 ちょっぴり………気になる発言に、おれはゆっくりと羽交い絞めにする霊児さんへ小声で、

 

(………何処まで………A、B、Cでランク付けすると?)

 

 ………あのマジョ子さんが………霊児さんと二人きりになると、どう(・・)なる(・・)()!?

 

(………いや、その………オレだけじゃないし………マジョ子のプライベートにもなるし………)

 

(そこを短く)

 

 歯切れ悪いな………しかも、おれは動体視力を駆使した読唇。それに、霊児さん? アンタは正規に培った読唇術あるでしょ? じゃなきゃ、今のおれの発言、人間に聞こえませんよ? 駿一郎さんやアヤメさん、母ちゃんしか気付きませんよ?

 

(Bのちょっと上かな………?)

 

 ………衝撃的な事実だった。

 マジ? B+なの? あのマジョ子さんが!? まさかと思っていたけどツンデレとは!?

 

(萌え要素もあるなんて………何て反則な姉御なんだ、マジョ子さんは………)

 

(………マコっちゃん? 本棚にある漫画の単行本のウラ(・・)にあるHなDVDせいか?………ミコッちゃんにバレる前に場所移せよ? 邦モノ巨乳シリーズ五時間とか、洋モノのモザイク無しのヤツとか? 何処から手に入れるんだよ………? 見つけてしまった時、困ったぞ?)

 

 うわぁ………!? バレていたのか!? あの完璧なカモフラージュを!? 漫画本を退けた後、小さな金庫でダイヤルをその手の会員番号でしか、開閉出来ないあの金庫を開けたのか!? 霊児さん!?

 まだ、母ちゃんにすらバレていないのにぃ!! どうしてぇ!?

 

(………あとでオレの処分に困っている洋モノあげるからさ? 抑えろよ?)

 

(………マジですか?)

 

(………つぅか………マコっちゃんも安上がりだな? 血筋? 環境?)

 

 えっと? 誰と比べて?

 しかし、おれはその疑問を霊児さんへ伝えられなかった。

 

「私は真神美殊です。よろしく、ガラハド・ヴァール」

 

「こちらこそ………あなたの話はボクの【姉】から良く聞いています」

 

社交的に一礼しやがるガラ坊ちゃん。

 

「私はあなたの姉は知りませんが?」

 

「今はヴィヴィアン=ソーマと名乗っています」

 

「昂一朗兄さんの奥さん………が? あなたの………姉? えっ? ガゥイナ・ヴァールの?」

 

「ハイ。ボクも驚きましたが、姉はとても幸せそうだ………義兄に感謝しています」

 

「………そう。何だか、複雑な心境です………ですが、これから宜しくお願いします。親戚さん」

 

「こちらこそ。お願いします、女王陛下が認めた雷の美姫よ」

 

――――――――――――おい? ――――――――――――こらぁ?

何、おれの妹の掌に薄汚い唇押し付けやがっている?

 

「………マコっちゃん? そろそろちょっとは【加減】してくれない? 押さえつけるのに疲れたけど?」

 

「………離してくださいよ? 霊児さん………おれ、ちょっと………トイレに行きます………」

 

「………はぁ〜まったく、浅生との間に入ったときと、同じ反応かよ? 【見えない】か? あとさぁ? それ以上暴れるとオレも【ちぃいいと】、【考えるけど】?」

 

 すんません、霊児さん。でも、コイツぶん殴ります!!!!

 即決した瞬間――――何故かおれ………宙に浮いています? あれ? 何時の間にか重力が反転………じゃない!? 両足が何故か天井に向かっているぅ!?

 

「ゲェッ!?」

 

 気付いた時には、後頭部が床に当たる寸前に――――投げられたおれしか解らないほどのタイミングで巳堂さんは足の甲でリフティング――――おかげ様で受身が取れました。あと、頭も冷えました………意外に冷たい床ですね………オカ研部室の床は………。

 

「………えぇ………と、あなたは………?」

 

ガラは無様に転がるおれから、巳堂さんへ視線を移す。

 

「あぁ〜まぁ、このオカ研部の部長の巳堂霊児だ。よろしくな?」

 

 無造作に差し出された右手を――――ガラは見下ろし、霊児さんの眼を訝しげに見ていた。

 

「あなたが噂の聖剣………我が父と相対し、屠れる可能性のある【人間】は、【女王陛下】と………【あなた】………そして、【巻士】以外は居ないと聞きます」

 

 霊児さんの手をゆっくりと掴み――――挑戦的な笑みを浮かべて一気に力を込めるガラ。

 

「イッテェェエエッ!!!!! おいおい!? 友好の握手じゃないのかよ?」と、ビックリしてガラの手から逃れる霊児さんに――――ガラは拍子抜けの顔だった。

 

「………それはボクを油断するためのポーズですか? それとも吸血鬼狩りを本領とするあなたは………混血鬼(ダンピール)など眼中に無いと言う意味ですか? ミスター・ミドウ?」

 

「はぁあ? ポーズ? 混血? むしろ、オレが聞きてぇけど?」

 

 真下から見ていたから………おれは解る………巳堂さんは少なくとも、この馬鹿丸出しで世間知らず過ぎる低脳に、敬意を払っていたのだ………ガラの差し出した手を友好の証と信じて………だ。

 それをこいつ………偉そうに力量を測りやがった………そして、その握手で肩を竦めやがる。

 

「………失礼。その、噂の【聖剣】なら、ボク如き、何時でも灰燼に出来ると思いまして………」

 

 ああ………解るよ………その如何にも勘違いした苦笑………その後に続く台詞は、期待はずれって言いたいんだろ? でもさぁ? 霊児さんが【後輩】を理由無く投げ飛ばさないぜ? おれはほら? 頭冷やせって、意味で投げられたけど………投げられた瞬間に、おれを気絶させる術なんて、この人幾兆あるぞ? それにも気付かないの?

 

「おいおい? どうして、後輩相手を前にして灰燼にする必要があるんだ?」

 

 真剣に悩んだ末の言葉だった。しかし………何を勘違いしたのか、このガラ坊ちゃん………盛大に肩を竦めていた。

 

「そうですね? 確かに………噂は尾ひれが付く………はぁー………これが、聖剣の座に居る聖騎士か………これなら、神槍のお相手はボクが変わってもいいですよ?」

 

 いけしゃーしゃーと………まぁ、新人だしぃ? 傍目に見ればぁ? 圧倒的な【戦闘能力】を持つ巻士さんは【超強い】って思うよねぇ〜? でも、おれはその二人と相対したから解るんだよねぇ………てめぇじゃ、巻士さんの足元にすら及ばないって………霊児さん試すてめぇなんていっぺん死んで、人生を五回ほどやり直してから、土下座しやがれって気分なんだぁ?

 

 あぁ………何だろう? このムカムカする気分は? 否定したい気分? 粋がりやがって………跳ね返りの生意気な男の子を可愛いって気持ちを持つのは………きっと女の子とか淑女の余裕だよ………でも、同じ男だとさ………見過ごせないんだわぁ?………尊敬する人をコケにされたら、尚更だ!

 

「………世間知らずなクソボンボン風情が、ナマ言ってんじゃねぇ………」

 

 もう、駄目です………コイツはちぃぃいいと、世間の厳しさに当たらなければいい大人になりませんね………。

うん。同じ《世界》に居るらしい昇太郎兄さんでも、厳しい優しさがあるし、優れた観察眼と経験があるよ? 今なら判るよ………美殊に対して、一番期待して、一番成長を見守っているのは昇太郎兄さんだろう。

だって、そうじゃなきゃ、どうしていつも、会うたびに美殊へ助言するのさ?

 教える方が先にバテる――――そう、つまりはもっと自身を鍛えるなら、急がず、慌てず、自分の極める道を見出せって意味じゃないか? もっと、自分を大切にして鍛えろ………そう言った意味だろ? 兄ちゃん? アンタ、素直じゃないけど………その遠回しな言い方が、おれ好きだ。傷つけないようにする………自分が刃であるからこそ、懸命に、傷つけないように………なのに――――この低脳クン………本当、こっちが呆れ果てるほど、おバカだ。

 

「………ボンボンとは………? どう言った意味ですか?」

 

 ふむ――――? 日本語に慣れていないのかな? ラージェちゃんは速攻日本語マスターしたぞ? それに比べて、君って本当低脳でちゅねぇ〜?

 

「世間知らずで、パパのミルク絞りが得意な馬鹿野郎のことさ? タメになったかな? 後輩くん? それとも隠語らしく、《ファザーファッカー》って言えばいい? けっこう、おれは洋モノの映画が好きでさぁ?」

 

 霊児さん、マジョ子さん、美殊、磯部さんがギョッとしているが………すみません。言いたい事は判っています………でも、今はその視線に対して、ノーコメントとさせて頂きますよ?

 

「おれは真神誠だ。よろしく、薄っ(ぺら)な低脳オ嬢ちゃん?」

 

 にこやかに右手を差し出すと、あちらもにこやかにおれの手を握る――――お嬢ちゃん発言が効いたらしい………かなりの力でおれの手を握る。

むしろ、潰す勢いかな? ハッハハハァ? 中々、殴り易い形相になったじゃないの? 後輩? でもさぁ? もうちょっと、鍛えなよ? そんなモヤシみたいな肌だし、もっと、栄養バランス考えた食事を考慮したら?

 

「こちらこそぉッ? あなたが女王陛下のご子息ぅ〜? 姉から聞いた印象とは大部分違いすぎて、空気と勘違いしていましましたよ………ッ!?」

 

 ひゅぅ〜? おれの握力にまだ堪えるんだ? ちょっとビックリなやせ我慢だね? でも、おれまだ三割。つぅー訳で、四割の力を込めて握ってあげるね?

 

「そっかな? 池に沈めたら、頭と尻だけが浮かびそうなガラ君ならしかたがないよぉ? お互い、仲良くやっていこうねぇ〜?」

 

「ハッハハハハア………面白いジョークですね? ジャパニーズジョークですか?」

 

「アハハハ? 冗談じゃないよ? ガラ君? 今すぐお姉さんの母乳から離れるコツを京子ちゃんから教えてもらうか、お父さんのミルク絞りにせいを出すか選んだら? その大事なお手手が、ガラスみたいな音を立てているよ? 大丈夫? ちょっと手加減する?」

 

「いいえ………中々、面白い握手ですよッ?」

 

 こんにゃろうめ? ギアを上げやがったな? 中々粘るな?

 

「気に入ってくれたみたいで何よりだよ? ガラ君? それじゃ友好の証に六割くらい力を出しちゃおうかな?」

 

 グッ――――と、力を込めた瞬間にガラの前腕筋肉が隆起し、おれの握力によってワイシャツの袖ボタンが吹き飛んだ。

 

「へぇ………利き腕では有りませんが………中々の力自慢ですね?」

 

 生意気に負けん気出しておれの手を握り返し、おれの前腕も隆起するが………実はかなり余裕あるんだよね? おれ? それに六割って言った台詞に引っ掛かっているし? 悪いね? 本当はまだ五割なんだ?

 

「そりゃすごいね? 利き腕じゃないんだ? 今の内に左手に変える? おれは別にいいよ?」

 

 それはそれでおれも利き腕だから助かるな? 握手しながら殴り合える死ね?

 

「………何? お気遣い無く………友好の証にボクも六割ほど力を込めますよ………ッ!」

 

 おお〜? 抗う、抗う〜? でも、さぁ? 握手した瞬間に、相手の力量を判断しようね? 霊児さんと握手した瞬間、気付けよ? 本能とかで? あの人が本気出して君の手を握り潰す気なら、《光速》で手首の《先》が《無く》なっているって? おれは初対面の時………おれの手首を捕まれた時………気付いたぜ?

 巳堂霊児という存在が、鍛え磨きぬかれた刀剣だってさ? まぁ、気付かないからさっきの暴言吐いちゃったんだと思うけどさ?

 救いようがねぇ………。

 

「へぇ〜やせ我慢は身体の毒だよ? それ以上やるならその手首を引っこ抜く気分を出しちゃおうかな? お姉さんの母乳絞りとお父さんのミルク絞りが出来なくなるよ?」

 

「………ッ………まだ愚弄するか………!」

 

 ようやく全力で握り締めるガラくん。ふむ〜? まだまだだね? アヤメさんのアイアンクロウと、駿一郎さんのシッペ、母ちゃんのビンタと比べたら下の下以下だ。

 父ちゃんのゲンコツなんてこの百億倍、痛くて熱くて感動ものさ。

 

「女王陛下のご子息と言え、それ以上の愚弄は許さん………明日の戦の前祝に貴公を叩こうか………ッ!」

 

「何が女王陛下だよ。うちの母ちゃんの何を知っているか知らないけど、ウチの出鱈目母ちゃんはてめえが思っているようなやつじゃないし、《女王》なんて《チンケ》な単語で一括りすんな………前言撤回すんなら、手を抜いてやるよ」

 

 睨み合うおれとガラ坊――――そのおれたちの手を掴む霊児さんは「いいかげんに――――」静かに言いながら掴んだ。

 

「しなさいってぇの?」

 

 呟いた瞬間、またまた両足が天井向いているし――――でも、今度は判ったぞ! この人、触れたと同時におれらの両足を払い、そのまま遠心力と重力を利用――――エッ!? げぇっ!! 待って巳堂さん! ごめんなさい!! 回転し続けるはキツイ!!

 

「なっぁ!?」

 

 ガラも今頃気付いたのか――――おれたち仲良く五回転目から六回転目に突入。

 

「喧嘩するならリング使っていいからな? あのリングは頑丈に結界張ってあるから? あと、お互い何が気に喰わないのか知らないけれど、ド突き合うならリングでやり合いなさい? 判ったか? ガラちゃん? マコっちゃん?」

 

「判りました! 判りましたッ!! でもすげぇ!! 本当すげえッ!? 霊児さんスッゲェッー!!」

 

 この人、本当にすげぇ! 良い様に遊ばれているけれど、本当にすげぇ!! この人の底力は何処まで底なしなんだよ!?

 

「判りましたが、ガラちゃん!? ちゃん付けするなら呼び捨ての方がましだ!! 訂正を要求するミスター!!」

 

「OK。ガラも判ったみたいなら、ホレ――――」と、すでに二〇回転は超えているおれたち二人を、軽々と手放してリングへ放るので、おれはその回転を分散するため錐揉み回転で着地。ガラ坊も捻りと膝を抱えた前回転後に着地する。

 

「まぁ、仲良く喧嘩しな」

 

 呟いたマジョ子さんがゴングを鳴らした。

 先輩二人のお許しも出たようだ。

この勘違い坊ちゃんをフル凹にするべく、霊児さんと組み手と同じロケットスタート!

 

「オラァ!!」

 

 肉迫し、生意気な顔面に右ストレートを放つ!

 

「甘いッ!!」

 

 だがその右ストレートが空を切る! 野郎! 生意気に躱して左フックでおれのテンプル撃ち抜きやがった!! だが、我慢出来ない痛みじゃないね!!

 

「軽いッ!!」

 

 ワイシャツの襟を右腕で絡めるようにして捕縛! そのまま頭突き! もちろん鼻頭目掛けてのケンカ殺法だ。盛大に鼻血が中に舞い、大きく仰け反ったガラにおれは手応えを感じてニヤリと笑った矢先だ。

 

「効かないぞッ!!」

 

 裂帛の呼気と共にお返しとばかりに、ガラの頭突きがおれの鼻目掛けてぶち当たる! 鉄の味が口内に広がり、鼻血が宙を舞っている………しかも、野郎………ニヤリと「どうだ?」と笑っていやがるしぃ〜?

 

「上等だ! このクソガキがぁッ!! その顔面を整形してやる!!」

 

「黙れ! 一年先に生まれた程度で先輩ヅラするなッ! 下劣がぁ!」

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 リングの中央で、ガラと誠が取っ組み合いの殴り合い――――もう子供の喧嘩だ。しかし、互いの膂力は常人と二桁違う。その両者の殴り合いは壮絶で、血飛沫が上がっていた。

 

「あの………巳堂さん? こんなこと頼みたくないんですけど………?」

 

「止めて欲しいって頼みごとなら、無理だな。それよりオレ達は昼飯食べに行かない? 磯ッちゃんの入部記念だし、喫茶店なら如月か銀丞がいいかな? オレが奢るよ?」

 

「本当に止めないんですか!?」

 

 珍しく驚愕の表情を浮かべている美殊に、マジョ子は溜息を吐いて首を横に振る。

 

「………放っておけ。それより、早く行こうぜ? 私は如月のケーキが食べたいです。部長?」

 

「もちろんいいぞ?」

 

「そうですね………私はパフェも好きなんですが………《噂の如月》で美味しいコーヒーとケーキも良いですね?」

 

 磯部さんも何で? あの二人――――目が血走っている………もう、あれは喧嘩じゃないのに――――どうして?

 

「? あれ? ミコッちゃん? どうしてマコっちゃんが怒り狂っているか判らないの?」

 

 巳堂霊児は心底、疑問なのか首を傾げていた。そんな巳堂霊児に――――この世で一番尊敬したくない………そして、それでいて一番、この人のように、素直で純粋に生きてみたいと――――嫉妬と尊敬が何時も入り乱れてしまう人物に向かって頷いた。

 

「はぁ………あんまり偉そうなこと言いたくないけど………まぁ、頑張れ」

 

 謎な一言とともに、スタスタと部室のドアへ向かって行ってしまう霊児。

 

「春は過ぎたぜ? 美殊?」と、マジョ子は美殊の背中をピシャリと叩いてから霊児の後を追う。

 

「うん………美殊ちゃんも可愛いね?」

 

 イキナリ――――マジマジと己を見る磯部に、美殊はぎょっとするが、その仕草も可愛らしいアクセントとなってしまったのか、磯部綾子はにっこりと微笑んで美殊の手を掴んで、

 

「ほら? 早く行こう? せっかく部長さんが奢ってくれるんだし、一番高いケーキでも頼んだら?」

 

 幸薄い美少女と――――印象を受けた儚げな磯部の笑みは、紫陽花の芳香すら漂わせるほど優しかった。でも、そんな優しい雰囲気をぶち壊す、リングで殴り合う汚い罵り合いと打撃音………板挟みになりながら、一応はリングで殴り合うガラと誠へ向かって、

 

「あまりにエスカレートしないでくださいね? 二人とも? 昂一朗兄さんと京香さんの迷惑を掛けない範囲でお願いしますよ?」

 

 ドロップキックを炸裂させ、ロープに跳ね返ったガラをスープレックスで沈めた誠は、血だらけの顔面でニッコリと笑い、

 

「大丈夫だよ? 美殊? こんなボンボンに負けるわけ無いじゃん?」

 

 快活な笑みで親指を立ててニィっと笑う誠だったが、リングに沈んでいたはずのガラが幽鬼の如く立ち上がると、背後からコブラツィストを仕掛ける。

 

「お気遣い無く、義兄さんと女王陛下に被ることはありえない………ボクの勝利で終わるッ!!」

 

「ナマ言ってんじゃねぇぞ!! クソガキがぁ!!」怒声とともに、コブラツィストを筋力だけで解いて、そのままパイルドライバーをぶち込む誠。

 

「………疲れました。磯部先輩………行きましょう」

 

「綾子で良いよ? 私も美殊ちゃんって呼びたいけど良い?」

 

「ハイ。こちらからもお願いします。綾子先輩」

 

 本当に――――美殊は疲れていた。何が誠を怒らせ、何がガラの怒りに火を注いだのかが判らなかった。

 

 

 

 一三時四九分。蒼戸町、ホテル《ブルー》。

 

 

 

 あの刹那――――あの瞬間、左拳が何故か自分の腹部に叩き込まれた。

 ペンギンと見下していたはずの一般人(マルクト)………その男の拳が己の拳が届くより先に――――光速の拳がペンギンの顔面を――――脳漿ブチマケルはずの拳が、髪一本分で止まっていた。

 

『………相手を間違えるなよ。黒須?』そう――――たった一撃………生まれながらにして、全てが超人の身体をくの字に曲げさせ、膝で立っている己に囁いた後――――『巻士にヨロシク言っておいてくれ?』

 

 言った瞬間――――蹴り飛ばされた。そこから記憶は飛んでいる………生まれて初めて気絶した………意識を取り戻した時には、ホテルのベッドの周りで看病していたのか………ジェナ、棺制作、神宮院、ゲイルが安堵の笑みを浮かべていたが………己の身が粉々になるほどの屈辱に、歯軋りさえした。

 

 今はまだ四肢が言うことが利かないため、黙ってベッドに横たわっているが………昼食を取りたい気分もない。

ルームサービスを頼むか? と、ゲイルは気を利かせてくれたが、首を横に振った。

 まだ痛むなら携帯で遠慮無く言ってくれと、ジェナは労わってくれたがそれも苦笑して断った。

 看病すると――――ステレオ音声で言う紅と蓮にも、大丈夫だと微笑んで退出させ、棺製(コフィン・)作者(メーカー)も黒須の部屋に結界を施して退出。

 しかし、巻士は自分の部屋にまだ居た。黙し、太い腕を組んで窓の向こうの風景――――海沿いで夏のシーズンには浜辺に観光客が集まるのだが、まだ五月のため物好きなサファーや、浜辺を小さな娘の両手を握って散歩をする家族連れ――――それを、眼を細めて眺めている。

 

「………すまないが、マキシ………退出してくれ………」

 

 声を発するだけで腹部から背中まで痛みは走るが、何とか平静を保って言う。

 

「黒須………お前が狩ろうとする標的には、逢えたのか?」

 

「ああ………」

 

 窓から視線を移した巻士は、李麗の目と合わせ――――静かに頷く。

 

「………確か名前も、経歴も、その存在も隠蔽し続けている。《連盟》の情報網も、俺に頼って《聖堂》の情報網まで探らせて、何も出てこない幽霊らしいが………」

 

「そうだ………でも、仲間が居た。なら、そこからまた足取りが追える………」

 

 執念に燃える黒須を見て、巻士は言い辛そうに眉を寄せ、止めても無駄だろうと溜め息を吐いた。

 

「………傷を癒せ。明日の正午――――廃棄区画の一つ、シーサイド・アイランドで決着を付ける………俺は巳堂。ゲイルはガートス。ジェナはガラという《豚》と《人》の中間だったか? 棺製作者は磯部。紅と蓮は真神の二人と戦う。君はここでゆっくりしていてくれ」

 

「………まったく、とんだ様を見せてしまった………この借りは必ず埋め合わせをする………」

 

「なら、俺の娘を看てやってくれないか?」

 

 そう呟く巻士令雄は………真剣な瞳だった。まるで、明日――――自分が死んだ後でも、面倒を看てくれるか? そう問う眼だった。

 

「………いいだろう………でも、ちゃんと向かいに来い………」

 

「もちろんだ」

 

「そうか………なら、そんな顔をしないでくれ………元気になったリオには………お前が必要だ」

 

 力強く頷いた巻士は黒須の部屋から退出するべく、歩を進めていく。しかし、ドアノブを掴む前に、ふと気付いて黒須へ言う。

 

「蒔恵と連絡出来そうか? ()()の面倒を看てもらい続けてもらって気が引けている」

 

「ふぅ――――解った。明日には動けると思う。その時に交代するから………安心してくれ」

 

 そういう計画だからとは、口に出さずに。口に出したい衝動を飲み込んで。

 

「ありがたい。頼んだ」

 

 バタンと――――ようやく一人になった黒須は大きくベッドの上で溜息を吐いた。

 自分は裏切り者だ――――大神の血族を裏切り、尚且つ――――友人である巻士すら言えないことをしている………辛い………苦しい………助けてくれるなら、誰でも良いから救って欲しかった………だが、救いを求める資格など無い………だから唇を噛む。

 

(………巻士………信用している者が裏切り者なんだよ………私も………)

 

 

 

 同時刻、黄紋町不城。喫茶店如月。

 

 

 

「へぇ〜? あの誠さんが本腰入れて潰しに掛かる後輩ねぇ〜? 何か美殊に馬鹿な真似したんじゃないの? そこんとこどうなの? 美殊? 心当たりないの?」

 

 清く、正しく、美しい不良少年然の金髪で小生意気な如月鷲太は、オーダーしたシュークリームとウィンナーコーヒーを私の前に置いて言う。

 

「鷲太? 一応、私はあなたより年長よ? それに学校の先輩たちも居るのよ? 少しは言葉を選んで欲しいんだけど?」

 

 強く睨んだのだが、どうも………他人にするような斬る眼光が出来ない。そのせいか、小生意気に肩を竦めて、

 

「遅生まれと早生まれ程度だろ? それじゃ、俺は晶ちゃんを伯母ちゃん言うのか? たった一つ違いなのに?」

 

本人が聞いたら、激怒ものだ。その張本人はさっさと次の品を運ぶため背を向けてしまう。

 

「………不敵な部分が駿一郎さんに似てきました………近所の悪ガキに虐められて、「ミコ姉ちゃ〜ん! えぇーん」………と、泣きながら飛び込んできた可愛い鷲太が懐かしいな………お泊りした時、一緒に寝てあげたのにな………」

 

「オヤジに似ているって言うなッ!! それに何時の話だァッ!! 演技力使うなぁ!! つぅかーテメェの部屋で寝たことねぇ!!」

 

 ガァ――――!! と、叫ぶところはまだまだです。

それにハタと――――カウンターの中で食器を洗っている三つ編みの少女の視線に気付いて、渋々ながら次のオーダーを運ぶ鷲太………うん。鷲太にも春が来ている。鷲太、ガンバ。お姉ちゃんは応援しています。

 

「………まったくさぁ〜? もう身長は美殊を追い越しているんだぞ? なのに、まだガキ扱いかよ? ブラックコーヒーと、特性チョコレートケーキお待ち」

 

「うん、あと二つ灰皿」

 

「アイアイサー」

 

 う〜ん………鷲太? このロリに灰皿を持ってきちゃ駄目です。この人未成年ですよ? 面玉節穴ですか? まぁ、このフランス人形なのにギャングな人に逆らわない所に処世術を感じます。立派だよ、鷲太。

 

「アヤメさんと駿一郎さんは? それに弥生ちゃんはどうしたんですか? もし居たら絶対鷲太はからかわれているのでは? 彼女とイチャイチャするこの絶好な場面を?」

 

「あの三人は仁さんの命日のあと、速攻で蒼戸町のホテルで連休満喫中だ………俺はこの通り店番だよ………クソッ!」

 

 ちょっと………失敗した。鷲太と仲良く店番している三つ編みメガネの女の子と一緒にからかったのに………女の子の方が顔を真っ赤にしている………鷲太はノーダメージ………朴念仁振りは………誠に感染されたのかな?

 そんな心中の感想など聞こえるはずも無く、鷲太はカウンターに入って三つ編みの女の子と交代する。霊児さんが頼んだカルボナーラの調理を始めるためだ。

 鷲太って………あれで、イタリア料理は駿一郎さんの息子だけあって凄く美味いのよね………今度、レシピを教えてもらおうかな?

 

「灰皿二つと、イチゴショートケーキと紅茶です」と、三つ編みの女の子も鷲太とお揃いのエプロン姿で接客してくれる………ふむ………鷲太? 中々良い子と付き合っています。お姉ちゃん嬉しい。

 

「うん? お前………もう大丈夫か? 何かあったら彼氏に頼れよ?」

 

「元気そうで何よりだ。何か困ったことが合ったら鷲太くんに頼れよ?」

 

 と、マジョ子さんと霊児さんは鷲太のガールフレンドと面識があるのかな?

 

「ハイ。そうします」と、三つ編み少女は頬を紅くしながらも、はっきりと笑顔で言う。その声が聞こえたのか、調理場で作業していた鷲太が皿を割った音色が響き、三つ編み少女はダッシュで戻っていく。

 

「………それにしても、ここの《結界》もすごいな………二階のクリニックはネガティブな空気を緩和して………」

 

 言いながらイチゴショートを頬張り、天井を見てからこのロックンロールな喫茶店を見渡す綾子先輩は、マジマジと壁に掛けられているギターや店の隅にあるジュークボックスを見て、

 

「この喫茶店は訪れる人を招き、気持ち良く去るために施されている………凄いな………」

 

 結界師が本分の綾子先輩が言うなら、それが最も適した感想だろう。私としては、他の結界はオカ研部室と自分の家だけのため、あまり深く観察したことは無かったが。

 

「結界って………もっとジメジメで、ギトギトで、ドロドロな空気で束縛するのに………」

 

「そうなんですか? 綾子先輩?」

 

 確かにアヤメさんも駿一郎さんも凄い人だ。

京香さんが留守の間、暴走する誠を軽々とあしらう姿を見て育った私だから、凄いことは充分理解できるが………見る人が変わるだけで………何処までも違う驚きが隠されているようだ。

 

「うん………哀しいけど、これは結界を張った《持ち主》の《性格》ね………部室もそうだよ? マジョ子先輩の《思い遣り》が溢れているもの」

 

 そう………かな? 青緑の液体飲ませて美味しい? って、訊く悪魔ッ娘だし?

 

「………褒めても何も出ないぞ………綾子………………」

 

 ………………何、顔を赤くしている? この魔女は? でも、そんな魔女を見ながらも、これこそ大らか――――あの詐欺な理事長と比べて天地の差がある笑みを浮かべて、綾子さんは言う。

 

「でも………良いな………」深々と………それでいて憧れると――――伝わる溜息。

 

「………私は《父》に教えられたのは………《傀儡》とする《結界》だって………今なら解っちゃうから………尚更かな………?」

 

 綾子さんは確か………七大退魔家の一つにして、富と権力を持つ神城雅孝。

 そして、離婚を機会に――――この鬼門街に移り住みこととなったと、京香さんからちょっとだけ訊き齧っている………なのに………私は綾子さんを元気付ける言葉が浮かばない………。

 

「私のクソッタレな《父親》はさぁ――――」と、マジョ子さんはチョコレートケーキを頬張りつつ、

 

「《血》が繋がっていること事態が、吐き気した………」

 

 淡々と………でも、マジョ子さんらしくない口調で、

 

「手に入れた魔術は《エグい》、《キモい》、《バカ》の三拍子………それに気付いた時は自殺も………考えたぜ………ガートスの富のため、ガートスが連盟の頂点に上るため、ガートス、ガートス、ガートス、ガートス、ガートス………何処までも、前と後ろに必ず《ガートス》だった………最初でガートス、最後にガートス………それしか言っていた記憶が無いな………もう、死んじゃったけど………私が《大人しく》させたし、《寿命》だったけど………それ以外、言った試しが無かった………謀反起こした《私》に………恨み言すら無く、【それがガートスだ】………だぜ? 笑えねぇ………」

 

 述懐………回想………否………冷徹に評価する哲学者の表情………でも、拭いきれない悔恨。

 

「まぁ〜? 良いんじゃねぇ? 気付けた時点で、ラッキーって思えばいいじぇねぇか? その《教育》も、長い眼で見たら意外な利点すら、見つかる可能性が在るかもしれないぜ?」

 

 己の過去を切開してでも――――磯部綾子を………傷の舐め合いでも良いから………元気付けたい………そんな気持ちがヒシヒシと………感じるマジョ子さんらしくない声。

 そして――――こんな………認めたくないけれど、認めたくないのに………タイミングを外して、認めたく………させてしまうズルい魔女を暫し睨んだ後………小さな溜息を吐いた。

………《先輩》に習おう………過去を切開………抜糸前の傷口に指を入れる行為――――トラウマが………絶叫するが………歯を………根性で食いしばって。

 

「私の実父は五年前に鬼籍………産んでくれた母は、私の誕生日に鬼籍………憎しみも、恨みも、愚痴も………《もう》………聞いてくれないけれど………私は綾子先輩が羨ましいです………《両親》に、《何時》でも、《親孝行》と《愚痴》が出来るから………」

 

 血が――――ジクジクと、ジグザクな傷口から………真新しい流血が胸の奥で脈を打つ。

 

「………ごめんなさい………私、一人で………バカ見たく、一番不幸を背負った気になって………」

 

 でも――――傷を開き、心を開いた成果はあった………涙目だけど、微笑んでくれる綾子さんの表情には、十全の価値があった。

 項垂れて、涙を見せまいとする綾子先輩に、何故か――――絶対、協力し合うことなど、未来永劫ないと思ったマジョ子さんと一緒に、

 

「可愛い後輩だ。傷の舐め合いくらいなら、何時でも付き合うぜ? 私は先輩だしなぁ?」

 

「尊敬する先輩です。傷の舐め合い位、余裕です。綾子先輩? 私はあなたの後輩ですよ?」

 

 何故だろう――――呼吸を合わせて、何故、慰めているのだろうか………?

 

「はぁい〜カルボナーラと………ッてぇッ!? どうした? ミコ姉ちゃん!?」

 

 あぁ………何だか………懐かしいし、胸が熱くなるよ………弥生ちゃんがお喋り出来る前で………私をそう呼んでいた鷲太は………私に向かって《お姉ちゃん》って言ってくれたよね。

 凄く嬉しかったんだぞ? 一人っ子だから尚更だったんだぞ?

 

(マコ(にい)じゃないと、姉ちゃん守れないと思うし、俺だと駄目と思うけど、俺だって男だ!! 姉ちゃん守るもん!)

 

にひひっ………て、小生意気に可愛く私に宣言した鷲太………あの約束はもう、忘れているかもしれないけれど………お姉ちゃんね………ちょっと、ちょびっとだけ感動………鷲太は本当………自慢だよ………立派だよ………嬉しいよ、お姉ちゃんは本当に嬉しいよ。

 

「おい!? ちょっと!? どうして女性陣が泣いてるんだよ!? おい! アンタ!? 説明しやがれぇッ!?」

 

「まさか………オレ………か?」

 

 間抜けに聞き返す霊児さんだが………激怒の形相を全神経と全精神を駆使して押さえ込んでいる鷲太は無表情で………声は静かで………とてもとても、灼熱を内包していた………本当に――――駿一郎さんとアヤメさんの良い所取りした………眼光だね………ああぁ………不味いよ。

本当、どうして鷲太と誠って、お姉ちゃんが弱っている時に限って、そんな顔するよね? タイミング狙っているのかな? そんな眼をするかな? このレディー・キラーめ。本格的に鼻の奥がツーンって来たぞ? どうしてくれるの。

 

「てぇ!! 何で無言で泣いてんだよ!? 三人とも!? クソッタレ………アンタ〜………? 返答次第で俺はアンタをブッチめるぞ………!」

 

「………うわぁ………マジ切れしたマコっちゃんと同じ種類の形相だ………」

 

 大丈夫です――――鷲太? お姉ちゃんも、マジョ子お姉ちゃんも………それに綾子お姉ちゃんも………ちょっとだけ、そう――――ちょっとだけね? 本当………ちょっとだけだけど………傷口広げて良かったって………思っているだけだからね?

 

「………死にたいか? それとも自殺を選ぶか? 選べよ? 今すぐに? それ位待っていて()る………」

 

 それに何気に………駿一郎さんとアヤメさんが夫婦揃って良く使う言霊言う(宣戦布告だ)し………お姉ちゃんを感涙させたいんですか? 鷲太? 私、人前で………絶対………ヒグ、泣かないって………誓ったのに………そんな決意………ヒック………破らせるし………

 

「………もういいや………てめぇ………ちょっと、ウラに来い………ッ!」

 

「ちょっと!? オレ、客だろ!? 何、この扱い!?」

 

 霊児さんを引き摺って………ヒック………(ヒュー)()………グズッ………どっか行っちゃった………。

 

「ティッシュをお持ちしました、お客様!?」

 

三つ編み眼鏡の女の子が素早く、私と綾子さん、マジョ子さんへサッと――――箱ティッシュを置く。

 本当、お姉ちゃん感動だよ。こんな良い娘、泣かせたら鷲太だって………容赦………しないんだから………ヒッグ………!

 

 

 

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